7月 9, 2025

タイ法における実損害賠償の概念

タイ法における実損害(Actual Damages)の概念

本稿では、タイ法における基本的な概念の一つである「実損害(Actual Damages)」について解説します。この原則を理解することは、法的手続に関与する事業者および消費者の双方にとって重要です。タイ法は大陸法系(Civil Law)に属しており、アメリカやイギリスなどのコモンロー(Common Law)法域とは多くの点で異なります。しかし、立証可能な損害について被害者に補償を行うという根本的な目的は共通しています。コモンロー法域では、被害者を「元の状態に回復させる」ことを目的として、「補償的損害賠償(Compensatory Damages)」という概念が用いられています。本稿では、この概念がタイにおいてどのように適用されるかに焦点を当てて説明します。

「実損害(Actual Damages)」の定義

「実損害(Actual Damages)」とは、他者の不法行為または契約違反の結果として直接発生した、具体的かつ金額的に算定可能な損失を指します。これらの損失は、影響を受けた個人または法人が被った実際の経済的損害を表します。具体例として、以下のようなものがあります。

  • 直接的な経済的損失:利益の逸失、資産の修理費用または交換費用、代替品の購入費用、その他不法行為に直接起因する算定可能な支出などが含まれます。
  • 身体的損害:人身傷害案件においては、医療費、逸失収入(過去および将来分)、リハビリテーション費用などが実損害に含まれます。

原告の立証責任

タイにおいて、個人または法人が法的手続を開始する場合、被告の行為によって具体的かつ算定可能な損害が直接発生したことを立証する責任は原告にあります。これには、主張する損害が被告の作為または不作為によって生じたことを裁判所に納得させるための、有効かつ十分な証拠の提出が含まれます。原告は、自らの主張を裏付けるために、証人の証言、書面証拠、写真、専門家意見など、さまざまな証拠を利用することができます。この証拠提出の過程は、裁判所が信頼できる証拠に基づいて公正な判断を下すために不可欠です。

  • 財務関連資料:請求書、領収書、契約書、発注書、保険請求書類、会計記録などは、経済的損失を立証する上で重要です。商事紛争の中には、裁判所に対して極めて明確な財務数値を提示することが望ましい場合があります。例えば、損害発生前後の損益計算書を比較することなどが挙げられます。
  • 専門家証言:エンジニア、不動産鑑定士、医療専門家などの専門家証人は、損害賠償請求において有益な情報を提供することができます。
  • 視覚的証拠:写真や動画は、損害の範囲や性質を効果的に示すことができます。損害発生前後の状況を提示することが望ましいでしょう。
  • 証人証言:関連する出来事を目撃した人物の証言は、被告の行為と原告の損失との因果関係を立証する上で役立ちます。

因果関係の立証

実損害を認定する上で重要な要素の一つは、被告の行為と発生した損害との間に明確かつ直接的な関連性が存在することを示すことです。原告は、被告の行為がなければその損害は発生しなかったこと(“but for”テスト)を証明する必要があります。

消費者保護事件における特別な考慮事項

消費者が被った損害に関しては、タイには消費者の立証責任を軽減する特別な消費者保護法があります。通常、損害を受けた者(原告)は、裁判所から損害賠償を認めてもらうために、具体的かつ算定可能な証拠を提出しなければなりません。しかし、消費者保護事件においては、その立証責任が事業者側に移り、事業者は提供した商品またはサービスが適切な基準を満たしており、十分な注意義務を果たしていたことを証明しなければなりません。

上記の立証責任に関する特例に加え、法律は消費者に対してさまざまな優遇措置を設けています。例えば、原告は口頭で消費者訴訟を提起することができ、自己の住所地を管轄する裁判所に提訴することも認められています。また、裁判所手数料が免除されます。さらに、一定の場合には、裁判所が事業者に対して懲罰的損害賠償(Punitive Damages)を命じることもあります(これは通常の商事事件ではほとんど見られません)。

その他の損害賠償の形態

実損害に加え、タイ法では一定の場合に他の種類の損害賠償も認められています。

  • 精神的損害(慰謝料):精神的苦痛、苦悩、苦難に対する補償です。通常は人身傷害や名誉毀損に関する事件で認められます。ただし、算定可能な損害を証明するための具体的な証拠が必要であり、例えば信頼性の高い病院(特に公立病院が望ましい)の医療費請求書などが挙げられます。
  • 懲罰的損害賠償(Punitive Damages):頻繁に認められるものではありませんが、裁判所の裁量により、消費者保護、危険な製品による損害、営業秘密侵害、環境保護に関する事件などで認められる場合があります。

裁判所が命じる弁護士費用

タイでは、訴訟に勝訴した場合でも弁護士費用が必ず回収できるわけではなく、裁判所の裁量に委ねられています。裁判所は、事件の複雑さや請求されている弁護士費用の妥当性などを考慮します。仮に裁判所が弁護士費用の支払いを認めたとしても、その金額は実際に支払った法的費用を下回ることが多く、依頼した弁護士への支払額よりもかなり少額になる場合があります。

結論

実損害の原則を理解することは、タイで事業を行う事業者にとって重要です。なぜなら、この原則を理解することで、被告および原告双方にとって合理的な請求額を把握することができるからです。過度に高額な損害賠償請求は、その請求自体への疑念を招き、訴訟上不利に働く可能性があります。一方で、被害者の損害回復を積極的に図ろうとする姿勢は、裁判所に対して常に「誠実な対応(Good Faith)」を示すことになります。本稿が皆様のお役に立てば幸いです。

 

RELATED INSIGHTS

上部へスクロール
LEGAL CONCEPT

If you’d like to contact us by email, please fill out the form below and we’ll get back to you within 24 hours.